トンネルを抜けると、二次元世界だった

タクシーを運転する腐女子

 十時ごろに過ぎないが、妙に暗い夜だった。いつも込んでいるはず、しかもラジオから事故のお知らせがあるというのに、タクシーは軽快に走っている。が、遠いとは遠いが、いつもより遠くなっているような気がして、僕は苛立ちて、メーターの数字を覗いたら、なんと69元になっている。まだ会社が出してくれた金額内ではあるが、既に余った分を生活費の予算に入れたことを考えると、胃が痛くなってきた。
 「69元…か」と一人ごとを言った。いやらしい数字だ、と僕は思った。

 「ねぇ、あんた」と運転手の女性が急に声をかけてきた。「腐女子って知っていますか」

 「フジョシ…?」

 僕は反射鏡の中に映っている彼女の顔を眺めた。……彼女は27歳ぐらいで、丁度お姉ちゃん以上人妻未満という微妙な年齢に置かれている。よく見えないが、なかなかの女性でしょう。綺麗というより、むしろメイといったほうがふさわしい。

 「フジョシって、女性や子供を意味する、あの婦女子ですか」と僕は訪ねた。

 「不ん不ん不ん~違うんですよん~。男×男を日常として認識し、世の中のすべてをタチ・ネコ、即ち攻め・受けとラベルつけて縁を結ぶ偉大なる存在、のことよ~。わかります?」

 「あの…本気でそう仰っているんですか。」と僕はちょっと汗かけて確認を進めた。この運転手はどうかと思えるんですな。

 「あたしの言葉ジョウダンに聞こえます?」と運転手は音調を上げて言った。

 「そ、そうですか。なんとなくわかるような、わからないような…」

 「あっ、そう」と運転手はそれしか言わなかった。気のせいか、口調が不機嫌に聞こえる。

 いやな沈黙はタクシーの中に広がっていく。運転手はあれからずっと黙り込んでいた。物思いに耽ってるようで、ときどきにやにやと口もとに笑みを浮かべ、見てるこっちがぞっとするほど不気味だった。

 僕は急に怖くなった。もしかしたら、そのまま僕をどっか変なとこに連れて、むりやり男とくっつけてこんなことやあんなことをやらせるつもりじゃないよな。僕はいやだぞ。男なんかと、死んでもいやだぞ。想像するだけで、吐き気がする。

 「あの…」と僕は恐る恐る運転手に声をかけた。

 すると、彼女は横目でちらっとこっちを見て、ふんと言っただけだった。そして、あの怪しい笑みを見せた。一瞬、全身の血液が凍ったような感じがした。

 「夜中のタクシーに乗るなよ。バスで帰れ。夜が更けると変なやつが出るから」って親友兼同居人のパトに言われたことがあるのを思い出した。バカじゃないのとずっと思ってた。でも、いまの状況を見てると、私のほうがバカだ。いまさら後悔してもどうしようもない。タチならまだしも、ネコは絶対に御免だぞ。だってさ、男とあれするのってあそこを使うよな。痛いじゃないかよ。同じ男に後ろをピーー、そして強引にピーーられて、最後に中にビーーされちゃって、まったくプライドないじゃないか。そんなことは、ゼッタイにゼッタイに御免だぜ。って、僕、何を考えとる!しっかりしろ!そのままじゃ相手の思う壺じゃないかよ。少しでも譲ったら最後、腐女子の玩具になってしまう。僕は一応男だし、いざとなったら全力で抵抗すればいい。うん、それでいい、大丈夫だ。自分を説得しながら、やはり不安を感じる。なにせ、腐女子という生き物はよく分からないし、なにか変な技とか持っているかもしれないし…ああ、どうすればいい?

 まるで僕が何を考えているかが分かったように、運転手はどっと笑い出した。

 「お客さん、そんなに緊張しないでくださいよ。」

 彼女はやっと僕のほうに顔を向けた。

 僕は息を呑んで、彼女の話を待った。

 「まあ、確かにわれわれ腐女子はやおいが大好きで、いつも男性同士がもしも恋愛していたらという妄想で楽しんでいます、が、それはあくまでも妄想というレヴェルにとどまっていて、実際に男同士を無理矢理くっつけることがないんですよ。それに…」

 運転手は意味深に僕の顔を見る。

 「それになんですか。」

 「いや、何でもありません」と、運転手は車を進めながら言った。

 「気になるじゃないんですか。言ってくださいよ。」

 「じゃあ、怒らないって約束してくれます?」

 「怒る?なんで?怒らないから、教えてくださいよ。」

 運転手は困った顔をして頭をかいて、ゆっくりと口を開いた。

 「好みの問題ですよ。あんた、わたしのタイプじゃないっていうか、萌え要素が少ないっていうか、とにかく萌えないんですね。」

 「は?」

 言葉が詰まる。なんだかプライドがすごく傷付けられたような気がした。

 「ちなみに、わたしはね、女王受けがつぼなのよん。誘い受けも色っぽくて萌えますね。あっ、そうそう。攻めなら、強気で年下のほうがいいんですよね。でも、あんたの体つきじゃ、受けは無理ですわ。美しくなさ過ぎます。あんたって、どっちかというと、ヘタレ攻めっぽいですね。わたし、攻めが弱気ではだめなんです。萎えっていうか…まあ、こだわりみたいなもんですね。」

 今まで聞いたことのない単語がすごい勢いで耳から頭の中に入ってきて、くらくらする。しかも、彼女の話を聞いて僕はなんだかすごくムカついてきた。つまり、彼女にとって、僕はホモになる資格さえないってことか!?

 「おい、いい加減にしろよ」と、僕はとっさに大声を出した。自分でも驚いたぐらいに。

 「僕だって、僕だって、強気なとこあるさ。人をなめるなよ。」

 「ほら、やっぱり怒ったじゃない」と、運転手はニコニコしながら運転に専念した。

 その微笑みはさっきとはまったく違って、とてもまぶしかった。腐女子ならではの微笑みだと、僕は思った。

 そして、いつの間にか、アパートに着いた。料金メーターの数字は369元を示している。

 財布の中を覗いてみたら、200元しかないと分かった。

 「すみません。お金が足りないんです。一緒に住んでいる友達に持ってくるように電話しますから、もう少し待っててください。」

 「ふ~ん。友達って女の子ですか。」

 「いや、男です。」

 気のせいか、運転手は一瞬妙な顔をした。

 しかし、電話してから、五分経っても親友兼同居人のパトが現れなかった。

 「お客さん、タクシー代はもういいですよ。お客さんに失礼なことを言ってしまったし、これはお詫びです。では。」

 何も言えないうちに、タクシーは夜陰の中に消えてしまった。

 「おい、クマ、金持ってきた。お待たせ。あれ、タクシーは?」

 「行っちゃったよ。」

 「は?」

 僕はパトの顔をじっと見つめた。街灯の光を浴びた彼の顔はなんだかかわいく見えた。

 「おい、おまえ、大丈夫かよ。人の顔じっと見てさ。」

 「いや、別に。おまえ、かわいい顔してんなと思って」という言葉は勝手に僕の口から出た。

 「なにわけの分かんないこと言ってんの。帰るぞ。」

 「おい、待てよ。」

 まあ、見てろよ。僕だって、その気があれば強気攻めでも鬼畜攻めでも何でもなってやるさ。


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クマ、パト、勝手に名前を使わせてもらった。ありがとう~

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タクシーを運転する吸血鬼

 夜の十時だった。交通事故のせいか道路がすごく込んでいた。タクシーの中にとじこめられている私は思わずいらいらし始めた。料金メーターが容赦なく上がり続けていた。もう百元を超えている。この数字はナイフみたいに私の脳味噌に突き刺さる。漫画とアニメを買おうとするお金が、タクシー代のような実感の無い物になってしまうことを考えると、頭が一層痛くなった。

 「ねえ、お客さん」と突然運転手が言った。「吸血鬼って本当にいると思う?」

 「キューケツキ?」

 私は呆然として左側に坐ってる運転手の横顔を眺めた。彼は35歳ぐらいで、ちょうどお兄さん以上おじさん未満という微妙な年齢に置かれている。よく見ると、なかなかいい男だ。ハンサムというより、むしろきれいといった方がふさわしい。

 「キューケツキって、あの血液を吸う生き物のこと?」と私は聞いた。

 「ええ。実に存在すると信じてる?」

 「漫画とアニメの中の吸血鬼とか、吸血蝙蝠とか、そういうんじゃなくて、本当の吸血鬼ってこと?」と私は確認した。なにがなんだかさっぱり分からない。この運転手って頭がどうかしてるじゃないの。

 もちろん、と運転手は言ってから、また2メートルぐらい車を進めた。

 「信じてるわ」と私は答えた。まあ、吸血鬼に関するアニメもけっこう持ってるし、吸血鬼が存在すると信じても別に不思議なことじゃない。

 「うれしい。初めて聞いたよ、こんな答えは」と運転手はうれしそうに言って私に向かって微笑んだ。眩しいほどきれいな顔だ。

 「オレはな、タクシーに乗ってきたお客さんに必ずそう質問するのよ。でも、いつも信じないと答えられていたから、もうこの自分は本当に生きてるかどうか分からなくなっちまったのよ。」

 「分からなくなっちゃったって、もしかしたら、あんた吸血鬼?」と私は思わず大声を出した。

 「あ、そうだよ。オレ、本物の吸血鬼なんだ」と彼は何気なく言った。

 私たちはしばらくの間黙り込んだ。

 いつのまにか雨が降り出した。ぱたぱたと音を立てて降っている。私はなんだか寒くなって身震いもした。

 「遅くなったらタクシーに乗るなよ。バスで帰りなさい。一人じゃ危ないから」という母の言いつけが急に頭の中に浮かび上がった。心配しすぎじゃないのとずっと思ってた。でも、いま考えてみると、私って本当に馬鹿だよね。いまさら後悔してもどうしようもないんだ。それにしても、吸血鬼に血液を吸われるのは絶対いやだ!「吸血鬼さん、あたしの血は油っぽいから、お体に悪いよ」と言って、相手をあきらめさせようか。どうしよう?

 まるで私の心を読めたように、運転手はどっと笑い出した。

 「お客さん、緊張しなくていいさ。確かに普通の吸血鬼にとって若い女性の血が一番うまいけど、オレ、女が苦手なんだ。まあ、いわゆるホモだからね、男性の血液しか吸わないよ。」

 私はほっとした。まるで絶壁から落ちそうになったところで命のつなをつかめたようだった。

 「びっくりしただろう。オレは吸血鬼ってこと。しかもホモだ。変だと思うだろうね」と彼は車を前に進めながら言った。

 「びっくりしないなんて嘘だよ。確かに驚いた。あんたに血を吸われたくないんだから。でも、全然変だと思わないよ。だって、すべての存在はそれなりの意味があるでしょ。吸血鬼でも、ホモでも。」

 「それはありがたい。今までそう言ってくれた人は君しかいなかったんだ」と運転手は真面目な顔で言った。「人間ってさ、自分の常識で物事を判断するという悪い癖があるんだ。少しでも常識を超えたら、すぐその存在を徹底的に否定するんだ。」

 私は何も言えなかった。まったく彼の言ったとおりだ。人間は自分の納得できない物事を、自分の立場を脅かす敵として扱って、しりぞける、抹殺する。利己的で、冷酷で、ずるくて、同時に臆病な生き物なんだ。恥かしい、人間としての私は恥かしくてたまらなかった。

 「気にすることないよ」と運転手はやさしく慰めてくれた。「人間だって楽に暮らせるわけじゃないから、ましてオレのようなホモ吸血鬼なんかは言うまでもないじゃないか?それに吸血鬼は人間にとって恐ろしいものさ。やっぱり人間に知られない方がましだ。」

 「それはそうかもね」と私は曖昧な返事しかできなかった。

 十五分してから、家についた。

 「君のようなお客さんに出会ってよかったな。人間にもいいやつがいるってこと、オレは分かった。タクシー代なんかはいいんだよ、オレのおごり」と運転手は上品に微笑んで言った。吸血鬼ならではの微笑みだった。

 お礼を言えないうちに、黄色いタクシーとそのきれいな運転手はもう夜陰の中に消えてしまった。

 私、夢を見てたかな。吸血鬼に出会った夢。


 「お帰りなさい」と母の声が耳に入った。

 「ねえ、お母さん、吸血鬼って本当にいると思うの?」


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いよいよ出発!


 「ねえ、このバス、どこへ行くの」
 「お客様の行きたいところへ行きます」
 「へえ、わたしの行きたいところ知ってるの」
 「いや、それは存じておりませんが…」
 「じゃあ、目的地も知らないのに、どうやって行くの」
 「そのうちにわかってきますから、ご安心ください」
 「そのうちっていつなの」
 「…まあ、そのうちにね」
 「ふうん…つまり、バスが発車すると、わたしがどこに行きたいのか自然に分かってくるってことだね」
 「まあ、そういうことになりますね」
 「どうしてわかるの」
 「やあ、それはお答えできないんですが、まあ、旅立ちのバスですからね、なんとなく」
 「なんだかうさんくさいね」
 「…あのう、お客さん、乗りますか」
 「まあ、面白そうだし、乗る」
 というわけで、旅立ちのバスに乗った。
 乗客はわたしだけだった。
 運転手さんはバックミラーで車内を確認して、バスのドアを閉めた。そして、懐からピンク色(間違いなくピンクだった)のハンカチを出して、念入りに顔を拭いた。それから、そのピンク色のハンカチをきちんと四角く折りたたんで、また懐に戻した。
 「ただいま発車いたします」
 わくわくしはじめた。いったいこのバスはどこまで走るのか。わたしの行きたいところはいったいどこなのか。もうすぐ答えが出る。
 
 突然、音楽が聞こえてきた。最初は幻聴かのようにとても弱かったが、だんだん大きくなってきた。
 耳に馴染んだ旋律だった。あら、これは…

      目覚まし時計の音楽じゃないかよっ!
 
 パッと目が覚めた。目に入ってくるのは真っ白な天井。
 ああ、何もかも夢だったか。

 って、夢オチかよっっ

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