トンネルを抜けると、二次元世界だった

タクシーを運転する吸血鬼

 夜の十時だった。交通事故のせいか道路がすごく込んでいた。タクシーの中にとじこめられている私は思わずいらいらし始めた。料金メーターが容赦なく上がり続けていた。もう百元を超えている。この数字はナイフみたいに私の脳味噌に突き刺さる。漫画とアニメを買おうとするお金が、タクシー代のような実感の無い物になってしまうことを考えると、頭が一層痛くなった。

 「ねえ、お客さん」と突然運転手が言った。「吸血鬼って本当にいると思う?」

 「キューケツキ?」

 私は呆然として左側に坐ってる運転手の横顔を眺めた。彼は35歳ぐらいで、ちょうどお兄さん以上おじさん未満という微妙な年齢に置かれている。よく見ると、なかなかいい男だ。ハンサムというより、むしろきれいといった方がふさわしい。

 「キューケツキって、あの血液を吸う生き物のこと?」と私は聞いた。

 「ええ。実に存在すると信じてる?」

 「漫画とアニメの中の吸血鬼とか、吸血蝙蝠とか、そういうんじゃなくて、本当の吸血鬼ってこと?」と私は確認した。なにがなんだかさっぱり分からない。この運転手って頭がどうかしてるじゃないの。

 もちろん、と運転手は言ってから、また2メートルぐらい車を進めた。

 「信じてるわ」と私は答えた。まあ、吸血鬼に関するアニメもけっこう持ってるし、吸血鬼が存在すると信じても別に不思議なことじゃない。

 「うれしい。初めて聞いたよ、こんな答えは」と運転手はうれしそうに言って私に向かって微笑んだ。眩しいほどきれいな顔だ。

 「オレはな、タクシーに乗ってきたお客さんに必ずそう質問するのよ。でも、いつも信じないと答えられていたから、もうこの自分は本当に生きてるかどうか分からなくなっちまったのよ。」

 「分からなくなっちゃったって、もしかしたら、あんた吸血鬼?」と私は思わず大声を出した。

 「あ、そうだよ。オレ、本物の吸血鬼なんだ」と彼は何気なく言った。

 私たちはしばらくの間黙り込んだ。

 いつのまにか雨が降り出した。ぱたぱたと音を立てて降っている。私はなんだか寒くなって身震いもした。

 「遅くなったらタクシーに乗るなよ。バスで帰りなさい。一人じゃ危ないから」という母の言いつけが急に頭の中に浮かび上がった。心配しすぎじゃないのとずっと思ってた。でも、いま考えてみると、私って本当に馬鹿だよね。いまさら後悔してもどうしようもないんだ。それにしても、吸血鬼に血液を吸われるのは絶対いやだ!「吸血鬼さん、あたしの血は油っぽいから、お体に悪いよ」と言って、相手をあきらめさせようか。どうしよう?

 まるで私の心を読めたように、運転手はどっと笑い出した。

 「お客さん、緊張しなくていいさ。確かに普通の吸血鬼にとって若い女性の血が一番うまいけど、オレ、女が苦手なんだ。まあ、いわゆるホモだからね、男性の血液しか吸わないよ。」

 私はほっとした。まるで絶壁から落ちそうになったところで命のつなをつかめたようだった。

 「びっくりしただろう。オレは吸血鬼ってこと。しかもホモだ。変だと思うだろうね」と彼は車を前に進めながら言った。

 「びっくりしないなんて嘘だよ。確かに驚いた。あんたに血を吸われたくないんだから。でも、全然変だと思わないよ。だって、すべての存在はそれなりの意味があるでしょ。吸血鬼でも、ホモでも。」

 「それはありがたい。今までそう言ってくれた人は君しかいなかったんだ」と運転手は真面目な顔で言った。「人間ってさ、自分の常識で物事を判断するという悪い癖があるんだ。少しでも常識を超えたら、すぐその存在を徹底的に否定するんだ。」

 私は何も言えなかった。まったく彼の言ったとおりだ。人間は自分の納得できない物事を、自分の立場を脅かす敵として扱って、しりぞける、抹殺する。利己的で、冷酷で、ずるくて、同時に臆病な生き物なんだ。恥かしい、人間としての私は恥かしくてたまらなかった。

 「気にすることないよ」と運転手はやさしく慰めてくれた。「人間だって楽に暮らせるわけじゃないから、ましてオレのようなホモ吸血鬼なんかは言うまでもないじゃないか?それに吸血鬼は人間にとって恐ろしいものさ。やっぱり人間に知られない方がましだ。」

 「それはそうかもね」と私は曖昧な返事しかできなかった。

 十五分してから、家についた。

 「君のようなお客さんに出会ってよかったな。人間にもいいやつがいるってこと、オレは分かった。タクシー代なんかはいいんだよ、オレのおごり」と運転手は上品に微笑んで言った。吸血鬼ならではの微笑みだった。

 お礼を言えないうちに、黄色いタクシーとそのきれいな運転手はもう夜陰の中に消えてしまった。

 私、夢を見てたかな。吸血鬼に出会った夢。


 「お帰りなさい」と母の声が耳に入った。

 「ねえ、お母さん、吸血鬼って本当にいると思うの?」


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